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伝統的に大乗仏教を信仰してきた地域の諸宗派は

伝統的に大乗仏教を信仰してきた地域の諸宗派は、これらの大乗の経典は釈迦が成道して以来40数年の間のどこかで説かれたものとみなしていたが、成立しはじめた当時すでに仏教の内部から大乗経典は勝手に創作されたものであり正統な仏教とは言えないという批判があった。(上座部仏教からの「大乗経典非仏説」)現在においても主にこれを根拠に大乗仏教が否定的に評価されることも少なくない。現存する上座部の名称は、部派仏教の説一切有部の一派がほかの部派の消滅に伴い、大乗仏教に対立する意味で「上座部」を再度名乗ったことに起源があり、根本分裂のころの上座部とは違うとされている。したがって現在の上座部は部派仏教時代の一派の流れを汲んでいるに過ぎない。
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しかし近代に入ると文献学的研究が進み、仏教思想は段階的に発展したもので、そもそも上座部をも含む仏教の経典全体が数世紀という長時間をかけて徐々に成立してきたものであるだけでなく、北伝・南伝の最古の教典には「如是我聞」の記述が見られないことが日本でも「法華経無内容説」を唱えた富永仲基によって指摘されている。実際に、富永仲基などは、如是我聞は、もともとは又聞きを意味し、釈迦から直接聞いたという意味ではなかったと主張した。現在の学会でも現存する南伝および北伝の教典に釈迦の言葉が実際に伝えられているのか、それともあくまで、その時代時代のサンガの思想が釈迦の言葉としてのちのサンガに伝えられたのかは大いに議論されている。結局のところ現在の研究では、南伝・北伝のほとんどの教典に釈迦が直接説いた教えは見られないとの主張もあるし、大乗経典が文献学によって紛い物であることが証明されたとする主張などがあり、定説はない。

しかし現在でも上座部仏教の教団は、上座部が本当の釈迦の教えを伝えていると主張しており、それに対し大乗仏教側にはその正統性を主張する以下のような論もあるようだが、具体的な反論はあまり見られない。

小乗仏教と大乗仏教は同時に並行して伝えられて来たものである
大乗仏教においては、部派仏教の別(ただし同じ上座部系)の一派の教典が、大乗経典と一緒に継承されている
釈迦が大乗仏教なる邪説が起こるなどとは予言していない(ただし、上座部の教典には釈迦の死後五百年後にそのようなことが起こると予言されたとされている)
仏教以外のいわゆる外典とくらべて大乗の教義が優れている
実際に大乗を信奉して利益がある

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2009年06月08日 11:04に投稿されたエントリーのページです。

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